第2話:駆け引きコースター


 ホテルから徒歩10分の距離に在るブリランテ・ワールド(以下、BW)
 開園まであと少しだったが、生徒達は逸る気持ちを押さえ切れない様子である。


 神門涼奈は妹の結と共に、ホテルのロビーでパンフレットを眺めながら人の波が落ち着くのを待っていた。
 すると、オリエンテーション会場から最後に出て来た引率教師の沖つぐみ・妹で監督生の沖いぶきを見付け、ふと思いついた様に声を掛けた。

「つぐちゃん、いぶきちゃん!姉妹同士、一緒に園内を周ろうよ!」
 お誘いを受けたつぐみは嬉しそうな表情を見せたものの、すぐに首を傾げながら苦笑を浮かべる。

「ありがとう、早速・・・・・・って言いたい所なんだけど、いぶきと一緒に参加生徒の報告の仕事があるから、これからスタッフの方と会わなきゃいけないから、まだココに居なきゃいけないのよ」
 それを聞いた涼奈は残念そうな反応を見せたものの、それをフォローする様に続ける。

「終わってから私達も移動するわ。だから、ドコかで会ったら遊びましょ?」
「・・・・・・そうだね!私も他の皆と会うかも知れないから、その時は皆で一緒に!!」
 パンッと手を打ち元気に応えると、涼奈と姉の遣り取りを見ていたいぶきが柔らかい微笑を浮かべる。
「その時は姉共々、よろしくお願いしますわ」
「こちらこそ、お姉ちゃんと共によろしくお願いしますね」
 いぶきと結、それぞれ丁寧に挨拶を交わした所で沖姉妹はスタッフに促されながら別室へと姿を消した。

「・・・・・・それじゃ、私達も行こう!ファル、周囲に迷惑を掛けない程度で遊ぶよ!!」
『判っていますよ。涼奈こそ、怪我には気を付ける様に』
「行きましょう。ルナ、あまり無理しない様に注意して下さいね」
『はーい。結ちゃんも無理しないでね!』






 
 普段であれば入場客でごった返しているのだが、招待された風学生徒の貸切となっているので、行列を待たずに過ごせている。
 人気アトラクションに走る者も居れば、マップ通りに順序良く進む者も居るので、楽しみ方は人によって様々。


 BW一番人気のジェットコースター【ブレイブ・スパイラル】
 複雑に入り組んだコースにツイストが惜しげも無く効いており、地面が見えるほどの走行にスリルを味わう事が出来る。
 全長は約1kmに及ぶ、最大加重は日本最大・約6Gを叩き出す絶叫コースター。


「彩奈ちゃん、コレ乗れる?」
「うーん・・・・・・」

 茶々山緑香と桜彩奈の恋人ペアが選んだアトラクションが、この一番人気のジェットコースター。
 彩奈は顔を上げながら走行を眺めていたが、ツイストする度に聞こえて来る悲喜交々な悲鳴に、身体を身震いさせる。

「怖そうだねー・・・・・・でも、ちょっとだけ乗ってみたい・・・・・・かなぁ?」
 笑顔。だが、明らかに口元が引き攣っている。
 コースターと彩奈を交互に見ていた緑香だったが、ふっと微笑んで見せた。
「無理したらダメだよ?だって、さっきまで超まったり系の【フルちゃんのフラワーボート】に乗って来たばっかりじゃん。あんなに落ち着いた物の直後に、こんな激しいコースターに乗るって身体が慣れないよね」
 そう言われた彩奈は内心ホッとしていたものの、緑香が羨望の眼差しでコースターを眺めている様子を見て、迷惑を掛けてしまったんじゃないかと思い、チクリと胸を痛めた。
「りょ、緑香君。あのね、苦手って思ってるから乗れないと思うんだ。だから、試しに1回だけ一緒に乗ってみたいな」
 ダメかな?と言わんばかりに、首を傾げて緑香の様子を見る。
「・・・・・・実は、ボクも怖そうなだ~って思ってたんだ。だから、彩奈ちゃんに男らしくないって思われそうだったから、乗るかどうかで悩んでたんだ~」
 頬を掻きながら困った様に笑うと、どちらかとも無く噴出した。
 そして、彩奈の手を取りコースターを指差した。
「それじゃ、怖がり同士で思いっきり怖がってみよー!」
「おー!!」
 先程の気まずさはドコへやら、2人は全員に配布されている端末のアトラクション専用ページからパスポート画面を映し出した。

 2人の遣り取りを陰ながら見ていた互いのアート、颯と桜香。

『無理するんじゃないぞ、彩奈・・・・・・』
『あらあら、緑香ったら紳士的ね?』

 まるで保護者の心境である。


 そして、もう一方で2人の遣り取りを離れた所から傍観していたのは、緑香の兄達である透明潤美と銀遊子。
「あのアマ・・・・・・緑香と一緒に居るだけでも腹立たしいのに、緑香に気を遣わせるとは大したモンやなぁ・・・・・・」
『潤美様。ですが、緑香様は・・・・・・』
「闇椿は黙り。ワシの見方に間違いは全然あらへん」
『はいっ!出過ぎた行為、申し訳御座いません』
 潤美のアートの闇椿油天目は緑香と彩奈をフォローしようと言葉を選んだつもりではあったが、その甲斐虚しく最後まで伝える事は出来なかった。


『潤兄って、緑香の事となったら色々と考え過ぎだもんな。そう思うだろ、遊兄♪』
 更に、緑香の2番目の兄の銀遊子のアートのラッキーが、潤美を見て思った事をストレートに伝えると、その質問に対して遊子はコクリと頷いた。
「考えもするわ。ワシらの可愛い可愛い弟が、得体の知れん様な女に唆されて行く所なんて、想像しとうないわ!!」
 禍々しいオーラを放ちながら、頭をガリガリと掻き毟る。
「だから、こうやって監視し・・・・・・って、手を繋いでエエとは言っとらんわ、あのアマァァァァァァァ!!!」
 丸めた園内パンフレットをリレーバトンの様に握り締め、2人の居るコースターに向かって全力疾走。
『・・・・・・慌しいね』
 ラッキーの一言を確認するかの様に、相槌用として銜えていたホイッスルを軽く鳴らした。




「桜彩奈ァァァァァァ!!!!」
 コースターのゲートを潜った彩奈と緑香は、背後から響いた突然の大声に振り向いた。
 見ると、怒りの様子で顔を引き攣らせている潤美が仁王立ちしている。
「う・・・・・・潤兄?どうしたの~?」
「潤美君?」
「・・・・・・ワシかて鬼やない。緑香と3秒くらい適当に遊んでたらエエねん。けどなぁ、手を繋ぐ事を許可した覚えは無いわ!」
 明らかに不条理な言い掛かりである。というか妬いてる?
「まぁまぁ潤兄。テンション上がったら手だって繋ぐよ~」
 苦笑を浮かべながら潤美を諭す緑香だったが、潤美は彩奈を睨んだままだったので、彩奈には堪えた様で硬直したまま動かないでいる。
 反論しようと動いたのは勿論・・・・・・
『オマエが彩奈に妬くのは構わん。だが、彩奈に対する無礼どころか非礼、彩奈が許してもオレは認めん!!』
 彩奈のアートの颯である。
「あ・・・ァ゛?何や、オマエがコイツのアートか?こんなチャラチャラしとる奴がパートナーとはなぁ・・・・・・しょーもないワケやなぁ」
『何だと?相手が子供だから、節度有る謝罪さえしたら許してやるつもりだったが・・・・・・彩奈を侮辱した事は別問題だな』
 他所から見ると、子供と大人の罵り合い。第三者の見た目から颯が不利であるが、さすがに颯にも譲れない戦いである。
 火花どころか爆発さえ起きそうな膠着状態。
 コースター担当のスタッフは、ゲート前で立ち塞がっている2人を入場させるか、もしくは一旦退出してもらうかどうかで悩んでいる。






 ジュースとホットドッグで小腹を満たしながら小休憩している3人組の女子生徒達の姿があった。
 
「アタシの占いによると【ブレイブ・コースター】では「恋人の保護者同士の諍い」・・・って結果が出たんやけど。今日って生徒だけの参加やろ?誰かの保護者も来てるん?」
「うーん・・・・・・りんちゃんの言う通り、今日から明後日までココに滞在出来るのは風学生徒だけのハズですぅ」
「もしかしたら比喩じゃない?保護者「的」ってヤツかしら?保護者的なアートとマスター、とかね」

 ショートボブヘアで軽快な関西弁を喋るのは、高等部1年の関谷りん。
 同じくショートボブヘアだが、りんとは逆に少々おっとり気味に喋るのは、樹嶋笹女。
 ミディアムボブヘアで2人の疑問に仮説を立てたのが、日独ハーフのエルザ・フリューリンク。
 りんは売店で購入したキャンディーを口に含ませながら、携帯型の大幣を使って遠目に見えるコースターを指した。

 りんは歴史有る神社の「神和(かんなぎ)」と呼ばれている人物であり、多種多様な占いに精通及び的中率の高さから、オカルト研究会・占い部門のエースである。
 ちなみに今しがた占っていた内容は、面白そうな事が起こっている場所を遊び的なノリで占ってもらっていたのだが、りんにも判らない結果が出ていたのだった。
 初等部からの参加者が居たにしても「保護者同伴」と言う情報は得ていない。
「うーん・・・・・・でも、りんちゃんの占いって的中しやすいから、きっと正解かも知れないですよぉ~?」
「よっしゃ!アタシの占いは正確や。エルザに笹女、行くで!!」
「はぁ~い、行きましょぉ~」
「ちゃんと手を洗ってからよ!」

 ゴミ箱にゴミを放り込むと、端末に内蔵されているBWマップを見ながら、次なる目的地の【ブレイブ・コースター】に向かって歩き出した。







 BWシステムセンター。
 園内にはセキュリティ監視用のカメラが多数設置されている。
 予想されるであろうトラブル内容がマニュアル作成されており、それらが各段階にレベル分けされている。
 何かが起こった際には、10分以内にスタッフが駆け付ける事が可能なシステム。
 例えば、パレードを見学する際に良い席を巡ったアートバトルが繰り広げられようものならば、設置されているカメラがアート能力レベルを感知して、すぐさまアート鎮圧対応スタッフがその場に駆け付けるなど、トラブル防止に努めている。
 他にも、有名テーマパークなので芸能人なども多く訪れるため、想定外の野次馬が起こった場合にも同様、それぞれスタッフが応対している。


 園内に設置されているカメラから園内の様子をモニター越しに眺めているのは、支配人・坪ノ内硝悟。
 支配人でもありアート研究家と云う激務の合間を縫いながら、自ら現場をチェックしている。
 このシステムセンター以外にも、アトラクションのチェックに始まり、レストラン・売店・果ては清掃部門に至るまでを自らチェックしている。
 支配人と云う立場でありながらも、自分達と同じ目線で見てくれると云う行動を目の当たりにしたスタッフは揃って「支配人の為に頑張ろう」と云う思いで一丸となり、仕事に対するモチベーションも上がっている。
 その結果、一流企業として成功しているのだった。
 

 入口のドアが開き、秘書であるイギリス人女性のテレサ・ロックウェルが一礼しながら入室する。
 ヨーロッパ系ならではの彫りの深い顔立ちとアシンメトリーの前髪が特徴的で、際立つボディラインにフィットするスーツ姿が見栄えする。
「支配人。招待生徒125名全員、園内入場を確認致しました」
「ご苦労」
「はい。沖つぐみ教諭と沖いぶき監督生、お見えになっております」
「そうか。会議室へ通せ」
「畏まりました」



 会議室2番。

「失礼します。支配人がいらっしゃいました」

 会議室の中は約50人前後が収容出来る程度の広さだったが、そこに居て待っていたのは、つぐみといぶきの2人である。
 硝悟が中に入ると、2人は同時に立ち上がり深々と頭を下げた。
「お久し振りです、硝悟様。今回は私達にとって動き易くなる様に配慮して頂きまして、感謝しています」
 学園での「沖つぐみ先生」の様子は無く、硝悟を心酔しているかの様であり、いぶきも同じく硝悟に対して憧れと尊敬の眼差しを見せていた。
 しかし、硝悟は2人の反応に慣れているのか、何の反応も見せずに2人の前に用意されている椅子に腰を掛けながらテレサに何かの指示をすると、テレサが持っていたリモコンに反応して壁が開き、その壁の中から巨大なスクリーンが現れた。
 すると、スクリーンに現在のBWの様子が映し出された。

 目的のアトラクションに向かって駆け出している集団。
 マスコットのワンダと記念撮影をしている女子生徒達。
 マップ片手に食べ歩きをしている生徒達。
 過ごし方はそれぞれ違っているが、どの生徒達も笑顔でBWを楽しんでいる。

 モニターに映し出されている生徒の顔を一人一人じっくり観ていた所で問い掛ける。

「・・・・・・いぶき君。私の願望が目に見えて叶っている。この事について、君は一体どう思う?」
「硝悟様の夢ですもの。『アートとの共存』、未だに理解されない不埒な輩も存在していますわ。けれど硝悟様の御力で、この様な素晴らしい施設を造られた事は、アート使いにとって喜ばしい事ですわ」

 自分もその一人だと付け足し、再び椅子に座った。

「テレサ。君の考えを聞かせて欲しいのだが」
 突然話を振られたテレサは少々驚いた様子を見せたが、一瞬で顔を引き締めると、モニターに映る生徒達を見てから口を開いた。
「アート使いと云う存在が有能だと謂われている昨今ではあります。ですが、それだけにアート使いに期待されるプレッシャーも大きいものです。実際問題、私のアートはアートバトルに特化している「武器」です。ですが、このアート能力が「支配人を護る為に在る」・・・と考えたら、プレシャーよりも誇りの方が勝りました。私は秘書として、SPとして、一人の人間・・・・・・テレサ・ロックウェルとして、アート使いである事を誇りに思っています」
 テレサの熱弁に応えるかの様に、両手に嵌めているブレスレットが青白く輝いた瞬間に変形し、腕全体を覆うクロー武器・アートの【エトワール】が姿を見せた。

 名の知れた人間にはよくある話かも知れないが、硝悟には敵が多い。
 アート研究家の研究内容を狙う者も居れば、企業家としての情報を狙う者も居て、外務大臣の息子と云う地位を狙う者も居る。
 「坪ノ内硝悟」と云う存在が様々な者に狙われている要因でもあるために、如何にして自分を守るかが重要視されるため護衛の存在が必要不可欠である。
 秘書であり護衛でもあるテレサは、硝悟自らが選抜した才能ある人間だったのでテレサに対する信用度は高い。

「風見ヶ原学園か。世界初の若年アート使い育成機関。校風は自由だと聞いているが、その説明をしてもらおうか」

「はい、畏まりました。先日お送りした資料の通りです。公式行事から昼休みの食堂のレアメニュー争奪戦に至るまで、何を行うにしても先頭に立っているのは常に生徒。様々な事を教諭が指示する前に、自分達で成し遂げる事が多く、アート使いと云うよりも「一人の人間」として、自主性・協調性などを普段の生活で習得しております」

 つぐみが用意していた資料を見せながら硝悟に風学の校風について説明をした。

「なるほど、生徒主体と言うのか。それはつまり・・・・・・ああいう事も生徒が先になって行っているものか?」
 幾つかに分かれているモニター画面から、ある場所の映像を映し出す。
 そこは、ジェットコースターのゲート付近の映像だった。






to be Continued...



■登場人物紹介■
坪ノ内硝悟(男性/35歳/BW支配人/白瞬猩/アート:ミスティ/人型)
沖つぐみ(女性/29歳/風学教師・引率/紅艶桜/アート:クローバー/物型)
沖いぶき(女性/20歳/風学生徒・監督生/黄彩蘭/アート:リリア/獣型)

関谷りん(女性/16歳/高等部1年/紅剛竜/アート:花子/物型)

茶々山緑香(男性/13歳/中等部2年/青鋭燕/アート:くの一桜香/人型)
桜彩奈(女性/12歳/中等部2年/青明鳳/アート:颯/人型)

透明潤美(男性/13歳/中等部2年/黒狂蟲/アート:闇椿油天目/獣型)
樹嶋笹女(女性/17歳/高等部2年/黒清蝶/アート:伊厘/人型)

エルザ・フリューリンク(女性/17歳/高等部2年/白流鳳/アート:シュヴァルツ/人型)
神門結(女性/17歳/高等部2年/白麗蛍/アート:自由天使シフォルナ/人型)

神門涼奈(女性/20歳/大学部2年/黄清隼/アート:ファルニア/物型)
銀遊子(男性/13歳/中等部2年/黄快狗/アート:ラッキー/物型)

  • 最終更新:2011-08-04 00:35:24

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